2019年8月4日日曜日

こどもの儀式/五十嵐彪太

 家を出ると地面に何やら円形の図が描いてある。近所の子がろう石で書いたのだろうか。歪みや幼さがあるものの、なかなか凝った図案で、魔法陣のような雰囲気もある。
 これを踏んで通るのは少し気が引けるが、かなり大きいのでどこも踏まずに通るのは無理そうだ。実はさっきから塀の陰からこちらを覗く小さな人の視線にも気が付いている。どうせ踏まなきゃならないなら、真ん中を通ってやろう。
 円形の図のちょうど中心で立ち止まって、呪文を唱えるふうに言ってみた「オガサワラチビヒョウタンヒゲナガゾウムシ」
 すると塀の陰で見ていた子が駆け寄ってきてグイッと握った手を差し出す。つられて手を出すとオガサワラチビヒョウタンヒゲナガゾウムシ……ではなくてダンゴムシを渡された。
「おめでとう」と子が言う。
「ありがたき幸せ」と返すと、満足そうに頷き、また塀へ戻っていった。
 帰りにはもう魔法陣は薄れかけていた。小さい人がいた塀の足元には、ダンゴムシがたくさんいたので、朝のダンゴムシを返しておいた。