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2020年7月19日日曜日

煮干し踊り/五十嵐彪太

 今年も盆踊りの季節がやってくる。町の商店から煮干しが品薄になり、やがてなくなると、否が応でも気分が高揚してくる。
 盆踊り当日。浴衣の袖に煮干しを入るだけ入れる。袖が重く、不格好になるが、この町では全員がこうするのだ。浴衣に煮干しの匂いが染みつくけれど、それは他所から見物に来た人もきっと一緒だろう。
 いよいよ盆踊りが始まった。真ん中では、巨大な寸胴鍋に火がかけられ、湯が滾っている。他の町では櫓が組まれその上で太鼓を叩いたり、音楽を流したりするそうだが、そんな光景はちょっと想像できない。
 ぐるぐる輪になって、踊る。音楽はない。合間に袖の煮干しを鍋に投げ入れる。まだ日の落ち切らない夏の夕方、湯気と熱気で、これ以上ないくら蒸し暑い。ごくりと唾を飲み込む。
 踊っては煮干しを投げ入れ、少しずつ袖が軽くなる。もう町の外れまで強烈な煮干しの出汁の香りが漂っているはずだ。我慢できなくなってきた年寄たちが鍋に吸い寄せられる。皆、真っ赤な顔をして鍋から煮干しの出汁を掬って飲む。年寄りたちが唄い出す。
 まだ飲まない。もっと煮詰まって、かき混ぜられ、どろどろになった煮干し汁になった頃に飲むのが、やり方だ。暑い。

煮干し踊り/立花腑楽

 脚は内股気味に閉じられ、腕は頭上に伸ばされていた。
  上半身は捻られたような格好のままで死後硬直している。いわゆる「煮干し踊り」と呼ばれる特徴的な死後所見である。
  以上により、死因はイノシン酸過剰摂取による中毒死であると推定された。
  事故死か、あるいは自殺か他殺か、その判断は検死解剖が終わってからになるだろう。
「先生、イノシン酸以外の旨味成分――例えばグルタミン酸による中毒死の場合も、何らかの特徴的な所見が見られるものなのでしょうか」
  勉強熱心な見習い監察医が質問してきた。
 「グルタミン酸だと、昆布踊りの様相を呈することが多い。例えばこんな格好だな」
  私は自ら昆布踊りの様相を演じてみせたのだが、いまいちリアクションが薄い。
「ちなみに、グアニル酸中毒に特徴的な干し椎茸踊りはこんな感じだ」
  これも、わかったのかわからないのか、微妙な反応である。
  あの手この手で説明しても上手く伝わらず、私はついに諦めた。
 「先生、今度のそれは何踊りですか」
 「これか、これはお手上げのポーズだよ」