2019年12月22日日曜日

不逞サンタクロース/五十嵐彪太

 あまり知られていないことだが、サンタクロースは毎年変わる。あまりにも激務だからだ。それでも「一生に一度はサンタクロースをやりたい」という者は多い。
 各種適性検査、試験、面接を潜り抜けたサンタ候補は、サンタクロースにふさわしい能力や資質を持ち合わせている素晴らしい人物だ。
 宇宙飛行士に匹敵する狭き門になったのには理由がある。今からざっと……まあ、やめておこう。ちょっと昔の話だ。
 つまり、ある年のサンタクロースが不逞な野郎だったのだ。
 酒を飲む、トナカイをからかう、プレゼントを開ける、子供に見つかる、ママとキスする、夜明けまでにプレゼントを配り終わらない。またママとキスする……とんでもない悪行サンタだった。
 さて、今年のサンタクロース試験だが、試験官が、あの不逞サンタクロースと遊んだ子供たちなのだ。彼らは大人になった。クリスマスの秘密はもうよく知っている。そして、彼らに、あの年の不逞サンタクロースは伝説的人気を誇っているのだ。
 おそらく、今年選ばれるサンタクロースは、キスするどころじゃないだろう。

不逞サンタクロース/立花腑楽

「お前さんの受験番号は?」
「1224だよ。くそったれが」
「マジかよ、その番号で不合格とか」
「うるせぇよ。てめぇも不合格だろが」
「トナカイ免許落ちたし、今年もパスかなぁ。歩いて配達とか、想像しただけでダル過ぎる」
「いや、二年連続バックレはやばいっすよ。トナカイ免許どころか、サンタ免許まで剥奪されちまう」
「さっきから聞いてれば諸君ら、神聖なサンタ業務を何と心得ておるか。確かにトナカイの橇を繰ることはサンタの本懐。されど、それが叶わぬからとて、己が職務を蔑ろにするなど」
「偉そうなこと言ってんなよ、万年不合格センパイ」
「単車の免許取ったときは一発合格だったんだけどなぁ」
「あ、俺も」「俺も俺も」
「俺、陸では大型転がしてんだ」
「すげぇじゃん」
「こりゃもう、イブの夜はみんなで走るしかねぇな」
「叱られるな」
「そりゃまぁ叱られるだろうけど。でも、なぁ」
 かくて、今年の聖夜は不逞サンタクロースたちがやたらめったら張り切ったせいで、世界中の子どもたちに漏れなくプレゼントと爆音が届いたそうである。

2019年12月7日土曜日

真昼の帳/五十嵐彪太

 欠伸をしながら「そういえば」と思い返す。この子は、生まれて半年くらいから、昼夜の逆転した性質を見せ始めていた。
 育児情報に「明るい時間に起きて暗くなる時間には寝る」と書いてある時期に、この幼子は昼間のほうがまとまってよく眠ることが多いようだと感じていた。けれど、あまり気にしないようにした。この子はこの子のリズムがあるのだろう、と。
 昼の睡眠がメインであることに確信が強まった頃、こちらの体力気力も限界に達した。昼間眠らせまいと、あの手のこの手を試みるが、機嫌を損ね、まもなく体調も不安定になった。
 やがて言葉が出始めると、なぜ母も父も昼に寝ないのだと疑問を呈するようになった。
 午前8時。布団の中で、本を読んで聞かせていた時だった。
『夜の帳が下りる頃……』
「トバリって何?」
「えーと、大昔のカーテンみたいな布かなあ。これは『夜になる』をかっこよく言ってるんだよ」
「夜じゃないよ。お日様が、カーテンみたいなの持ってくるよ、ほら」
 起き上がって窓の外を見せる我が子。世界には輝く紗がかかっていた。この子は、産まれた時かからこの景色を見ていたのか!
 合点した途端、明るすぎて、眩しすぎて、強烈に眠たい。

真昼の帳/立花腑楽

 天上から、高輝度のレイヤーがするすると降りてくる。
 真昼の帳だ。
 ビル街のガラスは一層輝き、往来のビジネスマンの歩調も活気づいている中、ひとり、私だけが焦燥している。
 多少の陽光には慣れてきたつもりだが、真昼の日差しだけはどうにもいけない。
 幅狭なのは家のカーテン、幅広なのは体育館ステージの緞帳ほどか。そんな真昼の帳が、街中のそこかしこで降りてきている。
 まるで詰将棋みたいだ。このままだと逃げ道を塞がれた挙げ句、炙り殺されてしまう。
 私は、まだ帳の降りきっていない場所(それは大概、夜の残滓が乾ききっていない場所だ)を縫うようにして、最短距離で日陰を目指す。
 死物狂いで往来をジグザク走行する私は、周囲の日向者からはさぞ奇異に見えることだろうが、そんなことを気にしている場合ではない。
 幸い、手近な地下鉄入り口に転がり込むことができた。
 安堵の溜息を吐きながら横を見ると、ちょうど同じようにしている学生風の女がいる。
 直感的に「おや、あんたもかい?」という顔をすると、向こうも汗ばんだ微笑みで頷いてくれた。