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2020年8月9日日曜日

偽食家の食卓/五十嵐彪太

「旦那様、本日の夕食はどうなさいますか」
 旦那様と呼ばれた男は、執事に応えた。
「今日は中華にしようか」
 執事は厨房にいるコックのところへ、ではなく、特別な鍵が掛かった部屋へ向かった。
 二度、三度と鍵を開けて入った部屋は、薄暗い。紫外線で傷むものも多いのだ。
 中華の棚から、来々軒のチャーハンを取り出す。これはかなり古い。昭和四十年年代、初期の樹脂製だ。
 餃子は、招福飯店のもの。こちらは比較的新しく平成に入ってからのものだ。出来が良く、男の好物である。
 執事はスープで迷う。意外と男の好みに合うスープは和洋中にかかわらず少ない。慶華門の卵スープは先週も出した。しばし悩んで、酔龍楼のフカヒレスープにした。
 食品サンプルを盆に並べて食卓へ運ぶ。
「旦那様、お待たせいたしました」
 執事にはままごとにしか見えないのだが、男はそれで腹が膨れるらしい。
 執事は食品サンプルの収集と管理は性に合っているから、男の奇妙な食事を眺めるだけで金が貰えるのは悪くないと思っている。
 もう少しスープのサンプルを揃えなければと、「満腹、満腹」と腹を撫でまわす男を見ながら考える。

偽食家の食卓/立花腑楽

 口腔デバイスは正常に動作している。
 唾液リキッドの分泌量も適正。咬合力を制御するシリンダーも快調だ。
 もちろん味覚センサーにも有意な誤差は認められない。
 咀嚼物の成分を分析、クラウド上のデータベースと照合。
 結果はエラー。
「該当するテイスト・フレイバーが検索できません。 ⇒ 無視して続行/再試行」
 ここ最近、ずっとこんな感じだ。どうも彼女の作る料理は、私のデバイスと相性が悪い。
「無視して続行」を選択。続いて、リアクションモードを「Manual」から「Automatic」へと変更。
 私は微笑みながら「美味しいよ」と回答したが、彼女はとても不満そうな表情をする。
 かりかりと、私の演算処理に負荷がかかる。