ラベル 58.燻製感情 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 58.燻製感情 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年10月3日土曜日

燻製感情/五十嵐彪太

 「悲しみ」をヒッコリーで燻すのは初めてだ。いつもは桜で燻すけれど、今日だけは違う気がした。
「悲しみ」と一言でいうが、ひとつとして同じ悲しみはないのである。それでも大体いつも桜で燻すのは、一種の儀式というか、決まった手順で燻すのが「悲しみ」の場合は相応しい気がしているからだ。その証拠に「喜び」はチップをその都度選ぶ。でも今日は「いつもの手順」ではどうしても燻せない。
 悲しみを網にそっと乗せ、火を着ける。
 ヒッコリーで燻した悲しみは、いつもより煙が目に染みて、しばらく涙が止まらなかった。

燻製感情/立花腑楽

  心臓はいつも煤けている。
 燃料が粗悪なせいで、下腹部の稼働炉からひどい黒煙が立ち上っている。
 世界はもうほとんど滅びかけていて、むかしみたいに上質な燃料なんて残っていない。
 心臓の煤を払ってくれる相棒ももういない。
「あなたのここ、とても香ばしい匂いがするわ。まるで上等のベーコンみたい」
 あいつが居たら、いまでもそう言ってくれるだろうか。
 そんなことを考えながら、かつて世界の一部であった欠片を拾い上げ、自らの稼働炉に放り込む。
 有害物質が燃え上がり、私のタービンを回す。もうちょっとだけ歩けそうだ。