ラベル 06.風邪ひきリンゴ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 06.風邪ひきリンゴ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2019年5月22日水曜日

風邪ひきリンゴ/五十嵐彪太

 小さい頃、風邪をひくと、すりおろしたリンゴをよく食べた。怠くて食欲のない時でも、すりおろしリンゴはおいしかった。
 子供の頃のことを思い出しながら、リンゴをおろしている。風邪をひいたリンゴのリクエストだ。リンゴはくしゃみして、ブルブルと震えている。
「風邪をひいたら……卵酒がいいんじゃない?」
 と、やんわり共食いを阻止しようとしたのだが「すりおろしリンゴが食べたい」と譲らない。
 リンゴをすりおろしながら、これはリンゴにとっての輸血みたいなものだ、共食いではないんだと、思い込もうとしてみるが、輸血と思うと風邪なんかではなくもっと重病な気がしてきて、どんどん不安になってしまう。
 涙入りすりおろしリンゴは、風邪ひきリンゴに効くだろうか。

風邪ひきリンゴ/立花腑楽

 いつもの甘酸っぱさの奥に、ほんのり饐えた風味が隠れているのに気がついた。
「少し風邪っぽいの。感染っちゃうかも」
 ぼくの表情の変化を察したらしく、言い訳めいたような、申し訳ないような口調でそう言った。
「いいよ、いまさらそんなこと」
 敢えてぶっきらぼうに、再び彼女にさっくりと歯を立てる。
 果肉を齧り取る刹那、ぶるると罪悪感に身を震わせたのは僕か、それとも彼女か。
「あっ」
 彼女に残したぼくの歯型に血が滲んでいる。歯茎から出血したのだ。ぼくもぼくなりに病んでいる。
「脆弱だね」
「お互いにね」
 寂しく笑いあって、今宵最後とばかりにもうひと齧りする。
 饐えた甘酸っぱさに、ちょっぴりしょっぱさが加わったのは、ぼくの血の味かもしれないし、彼女の涙の味かもしれない。