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2019年7月13日土曜日

夏に降る雪/五十嵐彪太

 天気予報士が「明日は大雪です。最高気温は35度、真夏日です。が、大雪です……大雪なのです」と、しどろもどろになりながら天気を予報している。
 僕はラジオを消して、どうやって雪遊びをしようか考える。
 かき氷のシロップが残っていることを確認して、物置から雪かきスコップを出してきた。それから、それから。
 そうだ。ダウンジャケットはいらないけれど、スノーブーツは出しておこう。それからソリも。
 もう一度物置に行こうとして、空を見上げた。よく晴れた夏の夜だ。星がたくさん見える。虫の声は紛れもなく夏だ。でも、この空から明日は雪が降るのだ。
 スッと背中を冷たい氷で撫でられたような気がしたけれど、気を取り直して物置の扉を開けた。やけに大きな音がした。

夏に降る雪/立花腑楽

 苛烈な日差しを乱反射しながら、今日も雪が降る。
 夏空から降るそれは、まるで入道雲の綻びからこぼれた綿埃にも見えた。
 夏に降る雪は、この世界に仕込まれた潜在的なバグなのだろう。発現条件も停止条件も、誰にもわからない。
 バグ故に、雪は冷たいとか、熱に溶けるとか、そんな設定値は空白のまま、降雪と積雪というイベントのみが発現する。ただ闇雲に降り積もり、世界を白く覆っていく虚無の雪だ。
 今日もひとつの街が雪に埋もれたとラジオが教えてくれた。
 虚無の雪は人を殺さない。住処だけを奪っていく。多くの難民が発生しているそうだが、ぼくのこの街だって時間の問題だろう。世界はゆっくり滅びのフェーズに入ってきている。
 あるいは冬まで世界が堪えられれば――。
 冬になって、頬のうえでぽちり冷たく溶けていく本物の雪が一度振りさえすれば、この異常は何事も無かったようにリセットされ、「何もしてないけど、とりあえず直った」みたいなことになるのではないか。
 そんなことを期待しながら、ベランダに積もった雪を口に放り込む。甘くない砂糖菓子みたいで、そのシャリシャリした食感だけは割と乙だと感じた。