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2021年6月6日日曜日

発泡性幽霊/五十嵐彪太

 「成仏する方法が、わからないのです」
 と幽霊は泣く。有名な僧、霊能者に頼んでも駄目。インチキそうなものから大仰なものまで、ありとあらゆる加持祈禱の類を試したが、ちっとも成仏しないのだという。
 何か未練があるのか、心当たりはないのかと尋ねるが、大往生の103歳だったのだという。眼前の幽霊は、どうやら自身の「一番麗しかった頃」の姿であるらしく、とても百年以上生きたようには見えぬのだが。
「では、好きだったものは? 日々の楽しみだとか」
しばし考えたのち、「お風呂……お風呂に入りたい。しゅわしゅわの入浴剤を入れて……」
 すぐに湯を沸かし、入浴剤を三個も入れた。咽かえるような人工的な柚子の香りの中、湯舟に浸かった幽霊は「ああ、極楽極楽、じょんのびじょんのび」と言うと、みるみるうちに老人の顔になり、穏やかそうに揮発していった。

発泡性幽霊/立花腑楽

 点滴されると、冷たい薬剤がすっと体内に侵入してくるのがわかる。
 幽霊に取り憑かれるのも、その感覚に似ている。
 幽霊は液状なんだと私は思っている。濁ってたり澄んでいたり、さらさらだったりとろとろだったり。
 とりわけ面白いのは、発泡性の幽霊に取り憑かれたときだ。
 幽霊は私の魂にしがみつく。ぷちぷちと弾ける気泡が、冷たく繊細な棘みたいに私を苛む。
 それは爽快感を伴う不思議な痛みで、ずっと飼い殺しにしてきた古い記憶の扉をノックする。
 ただ、幽霊の発泡はそんなに長くは保たない。
 しゅわしゅわと気が抜けたあとでは、他の凡庸な幽霊と何ら変わるところはない。
 一抹の名残惜しさを覚えながらも、私は気の抜けた幽霊を冷淡に放逐する。
 まるで断末魔のように、あるいは品のない噫のように、最後の一粒の気泡がぷちっと弾ける。