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2019年10月21日月曜日

虹色の傷/五十嵐彪太

 私は空の写真を専門としたカメラマンだ。売れちゃいないが、食うのに困るというほどではない、いや、時々は困ることもある。そのくらいのカメラマンだった。元来、怠け者だから、それくらいでちょうどいいとさえ思っていた。
 だが、あることをきっかけに、ずいぶん名前が売れてしまった。この、足元でごろごろしている猫のせいだ。ある雨上がりの日、道端で目が合った。声を掛けたわけでも撫でたわけでもなかったが、そのまま家まで付いて来てしまった。
 この猫は、気を付けても、隔離しても、私の目を盗み、写真に傷を付ける。フィルムのこともあるし、印画紙のこともあるし、出来上がった写真のこともあった。鋭い爪で付けたその傷は、虹となって写真に現れた。どんなに気を付けても、傷のない写真はできなかったし、一度付いた傷を消すこともできなかった。
 青空にも虹、夕焼けにも虹、雷が光る夜空にも虹……。これでは作品にも商品にもならない。が、どうしても捨てることができない。
 なかばヤケクソで発表したそれらの写真で、私はなぜか有名になってしまった。食うに困ることはなくなった。猫には、感謝しなければならないのだろうか。だが、傷を付けるのは写真だけでない。私の体にも、である。私の両腕両足には、やはり虹色の傷が絶えないのだ。

虹色の傷/立花腑楽

 生白い肌膚を切り開く。
 溢れるのは血潮ではなく、虹色の光彩。
「相変わらずイカれた眺めだな。だが奇麗だ」
 思ったことがそのまま口に出てしまった。
 メスを手にしたまま、しばしその輝きに酔いしれる。
「そのような不躾な眺め様、神罰を蒙りますぞ」
「そんな霞がかったような口調で叱られてもなぁ」
 俺はぐいっと傷口を押し開くと、存分に不躾な視線を送り込む。
「オーケー。いい塩梅だ。あんたの神様は順調にお育ちあそばされてるよ」
 視界がさっと遮られた。
 袴で傷口を隠したまま、螺鈿の巫女が俺をきっと睨んでいる。