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2019年6月21日金曜日

時間原酒/五十嵐彪太

 はじめに神は酒を醸造した。

 天と地の前に、創造主が酒を醸造したことはあまり知られていない。
時間の元となる原酒である。原酒が出来、時が刻まれ、それから天と地が生まれ、光を良しとした。

 上の水、つまり雨のいくらかは、神がこぼした時間原酒である。
 雨の日に、上を向いて口を開けている子は、よくわかっている。

 下の水、つまり海のいくらかも、神がこぼした時間原酒である。
 塩気が強いのは、肴も一緒にこぼしたからである。

 さて、神は時間原酒の大半を飲んでしまった。人々は年を経るとそのことに気が付くが、どんなに憤っても、神からの返事はゲップがせいぜいである。

時間原酒/立花腑楽

「ご無沙汰しております。時を進めに参りましたよ」
 半睡状態だった岩の翁が目を覚ます。しばらく胡乱だったが、旧知の顔をようやく認め、微笑んだ。
「貴方か。待ちくたびれてうとうとしておった」
 岩の翁の言葉に、時の翁は苦笑する。待ったと言っても、たかだか100年ではないか。
「それはそれは。では挨拶なぞ抜きで、早速お待ちかねのこちらを」
 時の翁が酒盃を差し出す。何万回も繰り返されてきた献杯。岩の翁はそれを推し戴くと、じっくりと時間をかけて中身を飲み干した。
「ああ美味い。陶然とする」
 岩の翁は深々と酒臭い息を吐いた。てらてらと赤くなった額に、ぴしり、一条の皺が刻まれる。時計の針がほんの少し前進する。
「またしばらくは無聊に耐えられそうだ。そうだ、次の一杯はもっと濃い目に誂えて貰えると嬉しいのだが……」
 時の翁は呆れ顔で答える。
「そんなご注文なさるのは、貴方の他に龍の翁くらいなものです。第一、濃いも薄いも、これは甕出しの原酒だ。樹の翁など、もっと薄くしたのを召し上がりますが、充分ご満足されてますよ」
 意地汚さを窘められ、岩の翁の顔が一層赤くなる。