2019年9月1日日曜日

靴下譚/五十嵐彪太

 ある夜、私は箪笥に仕舞われた靴下達が話す声を聞いてしまった。
 靴下は靴下なので、話は上手くなく、要領を得ず、しどろもどろだったが、つまり、私の悪口なのだった。
 曰く、依怙贔屓する(履いてない靴下がたくさんあった)、左の親指の爪がいつも長くて痛い、裏返しのまま仕舞うな、ペアを間違えるな。
 まったくもってその通り。私はこれまでの靴下達に対する非礼を詫びるために、箪笥の抽斗を開けた。すると話を聞かれていると思っていなかったらしい靴下達は驚いて、飛び出してしまった。
 部屋中に散らばって落っこちた靴下達は、みるみるうちに毛玉だらけになった。
 ああ、どうやって靴下に謝ればいいのだろう。
 私は毛玉だらけになった靴下達を拾い集め、「ごめんよ」と繰り言のように言いながら泣いた。抱えきれないほどの靴下で、涙を拭う。
 どうやら洗いもせずに箪笥に入れてしまった靴下が幾つもあるようで、とても臭かった。靴下に対する仕打ちをこれ以上なく実感したのだった。

靴下譚/立花腑楽

 毎夜、タンスの中ではスワッピングが繰り広げられている。靴下とは実に多淫ないきものなのだ。
 赤色と青色、綿と化繊、ロングとアンクル。無秩序に絡み合いながら交情を重ねる。
 まるで蛇たちのソドムだ。
(あるいは、原初の海で撹拌される螺旋群)
 狂宴が過ぎ去った朝、靴下たちは何食わぬ顔でいつものパートナーとペアになる。
 偽装された貞淑。タンス内はまるで凪いだ湖面のようだ。
 その欺瞞から締め出されるように、不義悪徳の落し子たちが、次々にタンスから放逐される。
 ちぐはぐな毛色。ちぐはぐな形。彼らの受け入れ先などどこにもない。
 彷徨いに彷徨った挙げ句、今日も国道の片隅で軽トラックに轢殺されている。