ラベル 35.玄関に月光 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 35.玄関に月光 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年3月8日日曜日

玄関に月光/五十嵐彪太

 それに気が付いたのは引っ越して最初の満月の日だった。
 ほんの短い時間だが、玄関のドアのスコープ、あの覗き穴に、ぴったり月の光が当たるらしいのだ。
 玄関からまっすぐに青白い光が差し込む。自分の家とは思えない、神秘的な光景だった。誰かの通り道のようだと感じた。たとえばかぐや姫、とか。
 かぐや姫は当たらずも遠からずらしいとわかったのは、何度目の満月だっただろうか。ちょうどテレビも音楽も消していたときに、月明かりの道が現れたのだ。
 鈴の音が、クレッシェンドしてデクレッシェンドして、そして消えた。厳かな音だった。
 部屋を汚くしておくのは申し訳なく恥ずかしいような気がして、ずいぶん部屋が綺麗になった。いや、以前が酷かっただけなのだが。
 今夜、部屋中の灯りを消して、誰かのお通りを待つ。今日こそは会える気がする。

玄関に月光/立花腑楽

 夜半に目が覚めて、水を飲もうとキッチンに向かう。
 玄関が騒がしい。まるで猫が喚いてるような声がする。
 ああ、そうか。今晩は新月だった。
 案の定、玄関の三和土では、月に戻りそこねた月光たちが、所在なさげに潮垂れていた。
 まるで、終電を逃したサラリーマンみたいだなと思う。
 いいよいいよ、明日の晩までそこに居なよ。
 霧吹きで、お湿りを与えてやる。
 月光たちは安心したらしく、淡い蛍光色となってそこいらに蟠った。
 私はキッチンで水を飲んだあと、冷蔵庫に貼ってあるホワイトボードにメモを残す。
「月光の居残り組 明日のお迎えで全員かえすこと ←★次の満月までは絶対のこさない!!」