2019年4月29日月曜日

白い森/五十嵐彪太

「しろいふくで、きてください」
 白い葉書が届いたので、白いシャツに白いスカート、白い帽子を被って、白い靴を履いて出かけた。私の歩くところだけ、雪が降っている。今は夏だ。
 葉書に行先は書いていないけれど、雪が導いてくれたので心配なかった。着いたのは森だった。
 よく知った森だが、今日は白い。案内の雪はもう止んでいた。樹木が、葉が、土が、白い。
 白い森の中を白い服で歩いていると、白い小屋を見つけた。白い服を着た魔女がいた。7歳くらいの女の子に見えるけれど、魔女のことだから年齢はわからない。
「お招きありがとう」と言うと、魔女は「本当に来てくれた!」と喜んだ。
 真っ白なティーセットで、牛乳とブールドネージュを白猫が運んできた。
「お茶会をするには、白い魔法を森に掛けなければならないの」
と、魔女は心底不思議そうに言った。
 魔女と別れるといつもの鬱蒼とした森だった。あの魔女が棲むには、暗すぎるような気がした。
 以来、時々白い森へ出かけるようになった。「お茶会」と言うけれど、ティーカップの冷たい牛乳をゴクゴク飲む姿を見ると、やっぱり魔女は幼くて、まだお茶が飲めないのだと思う。

白い森/立花腑楽

 石灰樹の森を当て所もなく彷徨っている。何度も何度も、白く硬質化した樹々の合間を縫い、時には倒木を踏み越えたりもした。
 そのうち、自分自身が一匹の魚になったような錯覚に陥った。鯨骨の隙間を泳ぐ深海魚の暗いイメージが、幾層も思考に覆いかぶさってくる。
 ああ、いけない。
 どこまでもどこまでも脱色された風景に、見当識が低下しているのを自覚する。
 私は、よろめくように手近な石灰樹にもたれかかると、その幹に唇を押し当てた。ひやひやと冷たい樹皮に、私の体温が少しづつ移っていくのを感じる。
 唇を離す。口づけの痕が、白い樹皮に生々しく残る。まるで紅い蝶が止まっているみたいだと思った。
 私は再び歩き出す。時折、背後を振り返りながら。
 この白い世界で、私が残したワンポイントがちらちら羽ばたいている。