2019年4月29日月曜日

白い森/立花腑楽

 石灰樹の森を当て所もなく彷徨っている。何度も何度も、白く硬質化した樹々の合間を縫い、時には倒木を踏み越えたりもした。
 そのうち、自分自身が一匹の魚になったような錯覚に陥った。鯨骨の隙間を泳ぐ深海魚の暗いイメージが、幾層も思考に覆いかぶさってくる。
 ああ、いけない。
 どこまでもどこまでも脱色された風景に、見当識が低下しているのを自覚する。
 私は、よろめくように手近な石灰樹にもたれかかると、その幹に唇を押し当てた。ひやひやと冷たい樹皮に、私の体温が少しづつ移っていくのを感じる。
 唇を離す。口づけの痕が、白い樹皮に生々しく残る。まるで紅い蝶が止まっているみたいだと思った。
 私は再び歩き出す。時折、背後を振り返りながら。
 この白い世界で、私が残したワンポイントがちらちら羽ばたいている。