2022年11月27日日曜日

乗り過ごし/五十嵐彪太

  終点まで寝ていられると油断していたら、どうやら銀河鉄道に接続する電車だったらしい。車窓は星々でいっぱいだった。 宇宙? 息はできるのか? まだ夢の中なのか? もしかしたら実はもう……こんなとき人は腕をつねってみることしかできない。「痛っ!」とあちこちから声が聞こえた。
 とりあえず生きていることが確認できて、乗客に奇妙な連帯感が生まれる。「どこに行くんでしょうねえ?」「一度乗って見たかったんです、銀河鉄道」
 車掌がやってきて記念切符を配る。乗客は思い思いに眺め、触れ、そして各々、鞄や上着にポケットに仕舞う。
「ちゃんと帰れるんですか? いつ帰れるんですか?」と若者が車掌に問い詰める。それを聞いて、みな再び不安に陥る。若者は、恋人との大事な約束があるという。車掌は力強く頷くが無言だ。
 はじめは珍しかった車窓の星の景色も、だんだん代わり映えしなくなってきた頃、列車は急に速度を落とし、停車した。扉が開くと、いつもの駅だった。ホームに降りた人々は、ポケットの記念切手を取り出して矯めつ眇めつし、互いに顔を見合わせるのだった。

乗り過ごし/立花腑楽

  知らぬ間に「明日」になっていた。私はまだ、「今日」から下車できない。
 だいぶ酔っていたが、私の本体は無事、家に着いただろうか。布団の中で、明日を迎えることができただろうか。
「どこまで行かれますか」
 車掌に問われたので、行けるところまで行ってみたいです、と答えた。
「そういうわけにはいきません。次の駅で降りてもらいます。折り返し運転はありませんが」
 車窓は真っ暗で何も見えないが、ちかっちかっと光るものが後方に流れていく。「名残惜しい」を景色にすると、きっとこういうことだろうと思った。
「この子も次で降ろします。一緒に連れ帰ってあげてください。もう随分前から乗っているんですよ」
 十数年前の、愛犬を喪ったあの晩の幼い私が、不貞腐れたように俯いていた。

2022年11月16日水曜日

開封の儀/五十嵐彪太

  和紙の封を破る時には少し緊張する。丁寧に剥がすのではなく、豪快に破くべしと教わったのでそのようにするが、果たして正しく豪快だったかどうか。自信はない。
 桐箱の蓋には何か墨書してある。崩して書いてある上に掠れているから読めない。読もうと思えば読める気もするが、読まない。
 桐箱の蓋は身にぴったりと吸い付いて、持ち上げる時に一瞬抵抗を感じるものの動き始めてしまえば音もなく持ちあがる。眩しさに目をつむる。
 眩しさの正体は鬱金染めの布なのだが、奇妙に輝いている。それをを引っ張り出し布包みを開けば、また桐箱。外の桐箱より古いはずだが、外気に当たらないせいか生々しく見える。
 桐箱の蓋を開けるとまた、鬱金染めの布。一段と眩い。それをめくるとやっと漆塗りの小箱が出てきた。そっと振ってみると「まあだだよ」と聞こえた気がしたので、今年もここでおしまい。また箱に仕舞っていく。あんなに輝いていた鬱金染めの布は気落ちしたのか、忽ちただの黄色い布になった。

開封の儀/立花腑楽

 臓腑が羽化をする。胃は蝶に、肺は蜻蛉に。
 戒めを解かれた私は、内側をそよそよと風に晒す。
 蝶も蜻蛉も、まだ羽は濡れててしわくちゃで、しばらくは飛び立ちそうにない。
 私を開いた神官は、メスを縫合糸に持ち替えたまま、所在なさそうにしている。
 もうちょっとだけ、このままでもいいと思った。