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2019年10月14日月曜日

穿く鎖骨/五十嵐彪太

「鎖骨を穿いてみないか?」
 と、友が言う。何を言っているかわからない。が、友の顔は、見たこともないくらい真剣で、深刻で……そして少々色気があった。
「穿くって、どうやって?」
 つい、そう言ってしまった。
「鎖骨を抜いて、穿くんだ」
「穿けるのか?」
「ああ、穿ける」
「誰の鎖骨を抜くんだ?」
「そりゃあ……オレの鎖骨だ。他にいるか? おまえ、鎖骨の抜き方、知らないだろう?」
 そう言うと、友はゆっくりと裸になってから、服を脱ぐような手つきで鎖骨を抜いた。鎖骨を抜いた友は、まるっきり身体に力が入らないようで、くたっとソファーに横たわり、潤んだ瞳で鎖骨をこちらに差し出した。
「これが穿く鎖骨だ。さあ、穿いてくれ」
 血と粘液が少し付着しているが、白くて温かい、綺麗な鎖骨だ。
 この鎖骨を穿こう。心からそう思った。

穿く鎖骨/立花腑楽

 酔った男に話しかけられた。
 聞けば、骸職人なのだという。
 一杯奢ってくれるというので、彼の仕事上の愚痴に付き合うことにした。
「明後日までに10体納品しろってんですからね。もう、鎖骨を穿くしかないですよ」
「取引先の担当者、これがまたいい加減な男でして。鎖骨を穿かせるのも大概にしろと言いたいです」
 この「鎖骨を穿く」という言葉が、彼の話の中で頻出した。
 業界特有の言い回しなのだろうか。何となくネガティブな印象は感じ取れるが、その使用パターンが多様過ぎて、今ひとつ意味を掴みきれないでいる。
 鎖骨を穿く、鎖骨を穿く、鎖骨を穿く……。
 何度も聞いているうちに、何だか腰から下の骨がごちゃがちゃごちゃがちゃ、ややこしく絡まっていくような感覚に陥った。
 いつの間にか、私も鎖骨を穿かされてしまっていたらしい。
 その晩、私とその男は大いに意気投合し、足腰が立たなくなるまで痛飲した。それこそ、腰骨を穿いてるのだか鎖骨を穿いてるのだかも覚束なくなるほどに。