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2020年5月24日日曜日

蛇の手/五十嵐彪太

 爬虫類と思われる右手を拾った。幸い元気そうだ。
 前足と呼ぶには器用そうに動く。私の指をしっかり、だが握りつぶすことなく掴んでくる。子供に懐かれたような感触だ。これは「手」である。そう認定した。
 しかし、トカゲにしては大きく、ワニにしては小さい。もっとも、このあたりにワニがいたら困るのであるが。
 トカゲを見つけるたびに尋ねてみたが、持ち主を知っているというものは現れない。あまり時間が経つと、さすがに手が干からびるのではないかと焦る。日が暮れたので諦めて家に帰った。
 なんと、持ち主は我が家の前で待っていた。それならそうと、早く言ってくれればよかったのに。と思うが、さすがに物は言えぬか。申し訳ないことをした。
 持ち主はトカゲでなく蛇だった。右手を差し出すと、器用に左手で受け取り、ちょっと難儀するも無事に接続した。後ろ足はあるのかと問うと、「手しかない」ことをひっくり返って証明してみせた。そして両手とも器用に隠して、にょろにょろと帰っていった。達者でな。

蛇の手/立花腑楽

 ミミズがのたくったような字、なんて喩えがあるけれど。
 蛇の書く字は、案外達者なものだった。
 文を貰ったのである。
 筆墨鮮やかにしたためられた古式ゆかしい候文で、おおまかに言うと「お茶でも飲みにいらっしゃいませんか」と、そのようなことが書かれているらしかった。
 さてさて、風流人士で通ったあの蛇のことだ。あの艷やかな尻尾を筆に巻きつけて、文のひとつも書くだろう。
 一通りの礼儀作法にも通暁はしてるだろうし、ただ、それにしたって茶の湯というのは穏やかではない。
 尻尾一本でわたわたしているうちに、つるりと茶釜に落っこちてしまうんじゃないか。
「で、ご主人は他には何か?」
 文を持ってきた小僧にそう問いかけると、坊主頭をぽりぽり掻きながらこう答えた。
「はぁ、手もない身ゆえ、皆様には無作法をお目にかけるやもしれぬ。介添えなぞしていただけると助かるのだが、と」
 私はわっはっはと笑ったあと、返書をしたためて小僧に持たせた。
 さて、どんな着物を着ていこう。