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2019年5月2日木曜日

虚ろ川/五十嵐彪太

「粗末な棺桶のよう」だと思った。濃過ぎる霧のせいで、川面の境もよくわからない。
 そこを、ひとつ、またひとつ、泥と藁でできた舟が流れていく。
 川の水で崩れてしまわないのが不思議だった。
 泥の舟は、人が横になれそうな大きさがあった。いっその事、死体でも横たわっていたほうが、似合いの光景に思える。
 私はその泥舟を見送る仕事を任されたのだった。
 どこで誰に頼まれたのか、報酬はどれくらいでいつ貰えるのか、全く覚えていないから、本当に自分の仕事なのかどうか、怪しくなってくる。
 だが、今することと言ったら、この流れてくる泥舟を見るくらいしかないのも事実だ。湿った灰色の景色に暗い川。泥の舟。他に何もない。何も見えない。
 どれくらい時間が経ったのだろうか。流れていく泥舟を数えては止め、また一から数えては飽きを、もう何百と繰り返した気がする。
 次にやってくる舟に、乗ることにしよう。

虚ろ川/立花腑楽

 水が透明すぎて、かえって不気味な印象を受ける。生き物の気配が希薄なのも一因かもしれない。
「魚が、居ませんね」
 私の問いかけに応じて、船頭が振り向いた。のっぺりした革袋に、目鼻口の線をおざなりに引いたような顔をしている。
「そんなことはありません。そのあたりをようくご覧なさい」
 船頭の指し示す水面に目を凝らす。確かに、細い雑魚の一群がちらちらと泳いでいる。
「魚だけではありません。ほら、そこにも」
 今度は右手側、葦が茂っているあたりを指差す。いつの間に居たのか、鷺に似た鳥がぎゃわぎゃわと騒ぎ始める。
 葦に鷺など、どうにも構図が整いすぎていて、妙な気分だ。
「ほら、ここにも」
 舳先にぴょこんと蛙が飛び乗ってきた。六本脚で尻尾がある。
「ここいらの生物群はディテールが甘いようですね」
 私がそう皮肉を言うと、顔面の線を一層曖昧にしながら、船頭はぼそぼそと言い訳めいたことを口にした。