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2021年1月13日水曜日

蛸/五十嵐彪太

 難を逃れた蛸は洞窟の奥に作られた研究室で一人、研究を続けていた。
 休むための水槽に入れる海水は、人間が時々持ってきてくれるが、言葉を交わすことは一切なかったので、何らかの情報を得ることはできなかった。
 食料については、蛸自ら断った。空腹のほうが研究が捗るような気がしていたのだ。
 最近、実験装置やコンピューターを操るのに不自由している。タイピングも以前より遅くなった。
 蛸は長考中に足先を噛む癖があった。人間にも爪や指を噛む癖のある者がある。似たようなものだが、ずっと何も食べていない蛸は意識しないまま足を食っていたのだ。
 器用な八本の足が少しずつ短くなり、本数が減る。だが、そこからが研究の本番だと海水を運んでいる若い人間は知っている。

蛸/立花腑楽

 これが最後の一本となってしまいました。
 私のこの想い、汲んでいただけましょうか。
 蛸壺より愛を込めて。
 
 また、蛸から恋文が届いた。
 今回も立派な蛸足が一本添えられている。花魁が意中の相手に小指を送るようなものか。肉厚でぷりぷりしていて、相変わらず美味そうである。
 それにしても、足をすっかり無くした蛸の頭だけが、みっちり蛸壺に収まっている様を想像すると、何だか哀れである。
 どれ、これまでの手紙も読み返してみようかと文箱をひっくり返す。
 これが、今回のも合わせると何と九通もあったのだ。
 これは困った。ミステリーだ。
 困ったなりに、私は最低限の礼儀として「大変に美味しゅうございました」とだけ返書をしたためる。