2021年1月13日水曜日

蛸/五十嵐彪太

 難を逃れた蛸は洞窟の奥に作られた研究室で一人、研究を続けていた。
 休むための水槽に入れる海水は、人間が時々持ってきてくれるが、言葉を交わすことは一切なかったので、何らかの情報を得ることはできなかった。
 食料については、蛸自ら断った。空腹のほうが研究が捗るような気がしていたのだ。
 最近、実験装置やコンピューターを操るのに不自由している。タイピングも以前より遅くなった。
 蛸は長考中に足先を噛む癖があった。人間にも爪や指を噛む癖のある者がある。似たようなものだが、ずっと何も食べていない蛸は意識しないまま足を食っていたのだ。
 器用な八本の足が少しずつ短くなり、本数が減る。だが、そこからが研究の本番だと海水を運んでいる若い人間は知っている。