2020年12月27日日曜日

徒手空拳クッキング/五十嵐彪太

 腹ペコの体と『おいしい雑草100選』という拾った本で戦っている。
 雑草は、目の前にたくさんある。だが鍋も塩もない!
 大口叩いて家を出てきたが、子供の頃に遊んだままごとセット、せめてアレだけでも持ってくればよかった。
 
 この人物は古本を片手に、雑草を咥えて河原で踊る若者として、次第に話題になっていく。
 何をしているのか、何を表現しているのか、色々と問われても「料理をしているのです」としか答えない。
 前衛的なダンスのようにも、空手の型のようにも見えるその動きは、熱狂的なファンを生み、模倣する者が後を絶たない。

徒手空拳クッキング/立花腑楽

 珍しく祖母が台所に立っていた。その日は母が出かけて居なかったのだ。
 しぃーってしながら手招きするので、近寄ってみる。
 俎板に一羽の兎が横たわっていた。
「しめこ鍋、っちゅうんじゃけどね」
 久しぶりに聞くしゃきしゃきの姐さん声だった。呆けてからはついぞ聞いたことがない。
 包丁は母が隠しているので、どうするかと思ったら、素手で剥いていくのだ。
 手足の付け根をぱきぱきと折り、どこをどうぞりぞりしたのか知らないが、あれよあれよという間にお頭つきの毛皮と、きれいにばらばらにされた肉身が取れた。
 結局、そのしめこ鍋がどんな味だったのか、よく覚えていない。
 ただ、肉を引き裂くときの爪がやたらきらきらとしていたのが印象的で。
 彼女の骨上げのときに、骨片に混じってそのきらきらが残っていたものだから、ああ、あれかと一人合点したのである。

2020年12月1日火曜日

黒地図/五十嵐彪太

 新年、家族それぞれに黒い紙が配られる。黒地図だ。始めは真っ黒だが、通ったところだけ自動的に地図が現れる。
 それぞれの学校や仕事先、いつも行く店は真っ先に出現する。だんだんと見える範囲が広がっていく。
 末の弟の行動範囲が意外と広いことに驚かされ、こっそり飲みに出かける父の所業も丸見えだ。
 家族が一番楽しみにしているのは、元野良の猫の黒地図だ。「もう野良ではないのだ、外は危険がいっぱいだから家にいるように」と言い含めるのだが、やはり散歩に出てしまう。黒地図を毎年与えているくらいだから、人間のほうこそ猫の散歩が気になっているのはお見通しなのだろう。説教を聞かないはずである。
 猫は人間の家族は誰も通ったことのないようなところに出掛けている。猫の黒地図から教わることは多い。たとえば、近所で一番の豪邸のあの家の裏の道には、いつも煮干しが捨ててあること、などだ。

黒地図/立花腑楽

 白身魚のフライを脇にどかす。
 現れたのは黒色の平原で、そのうえをついついっと箸でなぞる。
 しばし沈思黙考。
「北……だな。でかいシノギの気配がする」
 見切り品の海苔弁から、一体全体、何を感得したのやら。
 ホームレスの哲さんは、上野駅の雑踏へと消えていく。