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2019年10月5日土曜日

月に棲まう/五十嵐彪太

 月が満ち欠けするのは、地球から見て「そう見えるだけ」であるのは多くの人が知るところだが、「そうとも言えない」ことは地球人のほとんどが知らないことだ。
 月光虫は月に棲む生物で、虫という名ではあるが、厳密には地球の「虫」とは少々異なる。月光だの、満ち欠けだのは月に居れば関係なさそうなものなのに、この生物は「地球から見て」「月が輝いている」部分でしか生きられない。
 つまり、日に日に、生息可能区域が広くなったり狭くなったりする。
 満月の時は、月光虫は体も大きく膨らみ、賑やかである。そして僅かに、本当に僅かではあるが、発光するのだ。
 新月の時は、微動だにせず、ひたすらに耐える。ある月光虫に尋ねたところ、新月は痛くて苦しいそうだ。
 月が輝いて見えるのは、太陽の光とか公転とか、いろいろな理屈が地球人にはあるらしい。いつの日にか月光虫の生態が知れ渡ることがあれば、その時には是非とも理屈を改めていただこう。だが、月光虫は、その「いつか」を望んではいない。

月に棲まう/立花腑楽

「夜空に血豆が浮かんでるみたい」
 満月を血豆に喩える彼女の感性は、ぼくにとって非常に新鮮で、とても好ましく感じたものだ。
 あの夜にふたりで見た満月は、確かに血豆みたいに赤黒く、輪郭も曖昧でぶよぶよしていた。
 きっと今宵の満月も、地球からはあの夜と同じように見えていることだろう。
 月の片隅で、こうして月穿虫を駆除しているとき、ぼくはいつも地球に居たころを思い出す。
「この時期になると月面では月穿虫が一斉に孵化するんだ。月のはらわたを食い破ってね。それで月がこんなに赤黒くなるんだよ」
 ぶつぶつと今さらひとり解説してみたって、地球には届きっこない。が、これはもう習慣みたいなものだ。
 任期を終えるまで、ぼくは地球に戻れない。月を棲家とし、月の蚕食を防ぐのが今のぼくは生業だ。
「そうそう、やっぱり月にウサギは居なかったよ」
 月穿虫どもを一通り叩き潰したあとで呟くお決まりの独り言。これもまた毎日の習慣。
「さすがに知ってたよ、それぐらい」
 そして、こうして幻聴が答えてくれるまでがワンセットだ。