「夜空に血豆が浮かんでるみたい」
満月を血豆に喩える彼女の感性は、ぼくにとって非常に新鮮で、とても好ましく感じたものだ。
あの夜にふたりで見た満月は、確かに血豆みたいに赤黒く、輪郭も曖昧でぶよぶよしていた。
きっと今宵の満月も、地球からはあの夜と同じように見えていることだろう。
月の片隅で、こうして月穿虫を駆除しているとき、ぼくはいつも地球に居たころを思い出す。
「この時期になると月面では月穿虫が一斉に孵化するんだ。月のはらわたを食い破ってね。それで月がこんなに赤黒くなるんだよ」
ぶつぶつと今さらひとり解説してみたって、地球には届きっこない。が、これはもう習慣みたいなものだ。
任期を終えるまで、ぼくは地球に戻れない。月を棲家とし、月の蚕食を防ぐのが今のぼくは生業だ。
「そうそう、やっぱり月にウサギは居なかったよ」
月穿虫どもを一通り叩き潰したあとで呟くお決まりの独り言。これもまた毎日の習慣。
「さすがに知ってたよ、それぐらい」
そして、こうして幻聴が答えてくれるまでがワンセットだ。