2020年3月8日日曜日

玄関に月光/五十嵐彪太

 それに気が付いたのは引っ越して最初の満月の日だった。
 ほんの短い時間だが、玄関のドアのスコープ、あの覗き穴に、ぴったり月の光が当たるらしいのだ。
 玄関からまっすぐに青白い光が差し込む。自分の家とは思えない、神秘的な光景だった。誰かの通り道のようだと感じた。たとえばかぐや姫、とか。
 かぐや姫は当たらずも遠からずらしいとわかったのは、何度目の満月だっただろうか。ちょうどテレビも音楽も消していたときに、月明かりの道が現れたのだ。
 鈴の音が、クレッシェンドしてデクレッシェンドして、そして消えた。厳かな音だった。
 部屋を汚くしておくのは申し訳なく恥ずかしいような気がして、ずいぶん部屋が綺麗になった。いや、以前が酷かっただけなのだが。
 今夜、部屋中の灯りを消して、誰かのお通りを待つ。今日こそは会える気がする。