2020年10月3日土曜日

燻製感情/五十嵐彪太

 「悲しみ」をヒッコリーで燻すのは初めてだ。いつもは桜で燻すけれど、今日だけは違う気がした。
「悲しみ」と一言でいうが、ひとつとして同じ悲しみはないのである。それでも大体いつも桜で燻すのは、一種の儀式というか、決まった手順で燻すのが「悲しみ」の場合は相応しい気がしているからだ。その証拠に「喜び」はチップをその都度選ぶ。でも今日は「いつもの手順」ではどうしても燻せない。
 悲しみを網にそっと乗せ、火を着ける。
 ヒッコリーで燻した悲しみは、いつもより煙が目に染みて、しばらく涙が止まらなかった。