今年も盆踊りの季節がやってくる。町の商店から煮干しが品薄になり、やがてなくなると、否が応でも気分が高揚してくる。
盆踊り当日。浴衣の袖に煮干しを入るだけ入れる。袖が重く、不格好になるが、この町では全員がこうするのだ。浴衣に煮干しの匂いが染みつくけれど、それは他所から見物に来た人もきっと一緒だろう。
いよいよ盆踊りが始まった。真ん中では、巨大な寸胴鍋に火がかけられ、湯が滾っている。他の町では櫓が組まれその上で太鼓を叩いたり、音楽を流したりするそうだが、そんな光景はちょっと想像できない。
ぐるぐる輪になって、踊る。音楽はない。合間に袖の煮干しを鍋に投げ入れる。まだ日の落ち切らない夏の夕方、湯気と熱気で、これ以上ないくら蒸し暑い。ごくりと唾を飲み込む。
踊っては煮干しを投げ入れ、少しずつ袖が軽くなる。もう町の外れまで強烈な煮干しの出汁の香りが漂っているはずだ。我慢できなくなってきた年寄たちが鍋に吸い寄せられる。皆、真っ赤な顔をして鍋から煮干しの出汁を掬って飲む。年寄りたちが唄い出す。
まだ飲まない。もっと煮詰まって、かき混ぜられ、どろどろになった煮干し汁になった頃に飲むのが、やり方だ。暑い。