2019年10月26日土曜日

やわらかな船/五十嵐彪太

「旅に出ようと思う」と、友は言った。
「いってらっしゃい」とか「よい旅を」とか、言えればよかったのだけれど、言えなかった。
 ひとつは、ここが小さな島で、僕と友は二人だけでここに暮らしているから。いつからここに居て、どうして二人だけなのか、全く覚えていないから。友が出ていけば、僕はひとりきりになってしまうから。
 もうひとつは、旅に使うという船が、あまりにも、やわらかいから。大きくて、立派で、それは確かに「舟」ではなく「船」なのだけれど、ふにゃふにゃだった。
 ふにゃふにゃの船なんて、聞いたことがない。それに、こんな大きな船、いつ用意したのだろう?
「どこに?」とも「いつ帰るの?」とも聞けなかった。
 足を沈ませながら、友は船に乗り込み、大きく手を振った。見たことがないくらいの笑顔だった。
 友が旅立ってから、どれくらいの時が経っただろう。ひとりでは思うように食べ物が見つからない。何より、話相手がいないのが辛かった。「置いていかないで」とでも言えばよかったのか、無理にでもついていけばよかったのか。ずっと考えている。
 今日、あの船と同じようなふにゃふにゃを拾った。ひとつ見つけると、あちこちに落ちていることに気が付くようになった。これをたくさん集めれば、船が作れる。