2020年7月26日日曜日

彩雲の味/五十嵐彪太

 乳離れもまもなくだろうかという頃、我が子が雲を食べたがるようになった。この父ならばそのくらいのことはあるだろうと思った。
 夫は名前に龍の字が付く。夫の父や祖父の名も同じ字が付くが、さして珍しいことではない。持ち物にも龍のモチーフがやけに多いことには出会ってすぐに気が付いたが、それは本人が好んで買ったものではなく、「供物のようなものだ」と聞かされたのは、子が出来たとわかった時だった。
「僕より、早そうだ」と、夫は哀れな声で言った。「女の子は龍になりにくいはずなのに」と娘を抱いて泣いた。龍であることはそんなにつらく厳しいことなのか……。そして、夫と娘の深いつながりに、なんとなく嫉妬した。
「彩雲を、採りに行く。この子が初めて食べる雲は彩雲がいいと思う」
 夫は意を決したという顔をした。私も同じ顔で言った。
「わたしも、食べたい。わたしの分の彩雲も一緒に採れる?」
 驚いた顔の後、夫は言った。
「そうしよう、三人で彩雲を食べよう」
 今から帰ると夫から連絡があった。彩雲はたくさん採れたらしい。どんな味がするのか、楽しみだ。