その光景を見た瞬間、なぜか口中がラムネ味で満たされた。
眼下に広がるのは、岸辺に打ち上げられたクラゲの群れだ。半透明の薄青いゼリー質が、午後の陽に晒されてきらきら輝いている。
よくある夏の風景だと割り切りたいが、ここは人工のダム湖だ。しかも、その湖底にはかつて祖母が暮らしていた村が沈んでいる。
淡水の湖にもクラゲは湧くものだろうか。
「家の近くの川では、よっくクラゲが採れてねぇ」
そんな思い出話を祖母は語ってくれてただろうか。彼女のくしゃっとした笑顔を思い出すと、いかにもしっくりきて、懐かしさに胸がきゅっとなった。
そのとき、不意に豪雷が響く。いつの間にか、雨雲が頭上を灰色に染め上げていた。雨の気配で肌もぴりぴりする。
ああ、クラゲとは雨を呼ぶモノだった。祖母はそんなことも言っていた。幼い私は、茶碗に注いだラムネを啜りながら、それを確かに聞いていたのだった。
淡水のクラゲ。湖底の村。祖母の思い出。茶碗に注がれたラムネ。夏の雷雨。
少し消化不良気味になった私は、ひとまず待つことにした。
クラゲとともに。ラムネ味の雨が降るのを。