2019年5月29日水曜日

湖畔の漂着物/五十嵐彪太

 涼しい顔をして湖を眺める人がいた。団扇を動かしてはいるものの、煽いでいるとは言い難い。ゆらゆらとたいした仕事をさせてもらえない団扇は、退屈そうに見える。
 じっと見ていたのに気がついたのか、視線が合ってしまった。不躾を詫びる前に、彼女から話しかけてきた。
「この湖は初めてですか?」
「ええ、とてもよい風景ですね。お近くにお住まいですか?」
 彼女はそれに直接は答えなかったが、ゆるく着た浴衣姿は電車やバスに乗ってきた風情には見えなかった。
「毎日、何かが流れ着くのです。私は、それを拾わなくてはいけません」
「何か?」
「長靴の時もあるし、釣り竿の時もあります。コンピューターも拾いましたし……亡骸を拾わなくてはならないこともありました」
『亡骸』と言う時、団扇を扇ぐ強さが変わった。
「いつ流れ着くかわからないので、こうして一日湖畔を眺めていなければいけません」
 すると、湖の波がじわじわと大きくなってきた。
「あ、もうすぐです」
 浴衣とは思えない機敏さで水際に駆け寄る。
「今日は、ロボットの腕ね。昨日は脚でした。大きいので、手伝ってくださる?」
『ロボットの腕』はどう見ても5mはある。昨日の脚はどうやって運んだのだろう。