「悪貨は良貨を駆逐する」というが、それは決して比喩ではない。
たった一銭の悪貨でも、ひとたび良貨に混じれば、吸血鬼の如くその全体を汚染する。
健全な市場から如何に悪貨を隔離するか、それは前近代の為政者にとって経済政策上の重要課題でもあった。本邦の撰銭令も、その好例だ。
悪貨の感染性――その原因たる鐚銭ウィルスが発見されたのは、まさに近代科学の成果と言えよう。
現在では、科学的な防疫と駆除により、鐚銭ウィルスは経済市場から一掃されている。強いて言うなら、専門機関のシビアなセキュリティの下、いくつかサンプルとしては残存しているのだろうが。
そして、ここから少し怪しげな話となる。
その厳重に管理された鐚銭ウィルスを盗み出し、世界経済を混乱させようとする輩が居るらしいのだ。だいたい20年周期で、そうした噂が陰謀論者たちの間で取り沙汰される。
当然、関係機関はデマだと否定はするが、そうした噂が世に出た時点で、世界経済は既に混乱状態に陥っているものなのだ。
案外、我々の知らぬ間、とうの昔に鐚銭ウィルスは世に逃れ、世界各地でかつてのコロニーを再興中なのかもしれない。