2020年1月18日土曜日

猫を釣る/五十嵐彪太

「どこに行くの?」と問われて「釣りに」とだけ答えて家を出た。
 母は訝しんだかもしれない。釣竿も持たずに出て行った息子を。
 湖に着く。あまり普通じゃない湖なんだろうと思う。魚は泳いでいない。
 腰掛けるのによさそうな石(思ったより重くて難儀した)を移動させてきて、ポケットから紐を取り出し、湖に垂らした。
 透明度が高い。水のように見えて、水ではないのだと思う。
 垂らした紐をふるふる振るわせたり、ゆらゆら揺らしたりするうちに、グイっと手ごたえがある。こちらも引っ張り返す。
 すぐに紐が軽くなる。また、ふるふる振るわせていると、ひときわ強い力で引っ張られた。
 湖を覗くと、猫が一匹、紐を咥えて引っ張っている。前足も伸ばして、爪が紐に引っかかっているようだ。ちょっとだけブチ模様のある、概ね白い猫だ。
 そのまま紐を手繰り寄せる。白い前足がちらりと湖面に現れたところで、猫は紐を離してしまった。
 湖を覗く。猫は湖底を走り回っている。