2020年2月1日土曜日

脂溶性の音楽/五十嵐彪太

 第一バイオリンが、バターを弓に塗り始めるのが合図だ。
 トランペッターが、ピストンに溶かしバターを垂らす。
 オーボエ、ファゴット、クラリネット各奏者はバターケースからリードを恭しく取り出し、口に入れる。指揮者が羨ましそうに一瞥する。そんな指揮者の指揮棒もバターケースから出てくるが、さすがに舐めることはできない。
 交響曲の始まり。第一楽章でよい香りがし、第二楽章で涎が溢れ、第三楽章で欲望は頂点に達する。
 第四楽章が終わると、拍手もそこそこに、観客も楽団員も指揮者も、隣のパンケーキ屋に殺到する。