流しの蛇口からどろどろした黒い液体が垂れてきて、それはあれよあれよという間に凝り、いつしか鯨の形と成った。
一応は生きているらしく、キッチンの宙空をぐるぐると遊泳している。
邪魔にもならなさそうなので放っておいたが、数日後の早朝には、あっけなく死んで、キッチンの床にひっくり返っていた。
生きて宙を泳いでいる分には、特に障りも無かったが、死んだとなると始末に困る。放っておけば、腐って臭いも出てくるだろう。
そうは思っていても、元来の無精ゆえ、ぐずぐずと見て見ぬふりをしているうちに、鯨の骸はすっかり骨だけになってしまった。
どこからやって来たのか、何だか白っぽい蟹やら、目のない鱶やら、海羊歯みたいのやらがわさわさと鯨骨に集っている。
なるほど、これが鯨骨生物群集というやつかと思った。
よく見れば、どいつもこいつも健気で愛嬌がある。鯨にはてんで感じなかった愛着のようなものが湧いてきた。
キッチンの灯りを消して、鯨骨を枕に横になる。まるで深海にいるみたいなゆったりとした気分になる。
この死に方は悪くないなと思い、少しこの鯨が羨ましくなった。