2020年3月21日土曜日

道化の本懐/五十嵐彪太

 緋色の衣装を着たまま、道化師はペンを走らせる。
 彼は王の前で、滑稽な言動をしてみせるのが仕事である。道化師は数多くいたが、王の前に立てるのはただ一人だった。名前を「スタニー」という。
 スタニーの動きは誰も真似できないのに誰もが真似しようとした。スタニーの発する奇声は耳をつんざき、王宮の外にも響き渡った。王の前に立てる唯一の道化師は、国民からも笑われていた。
 だが、その滑稽で奇怪な様子とは裏腹に、道化師の視線は、世を、王を、冷たく刺している。残念なことに、王はその鋭い眼差しに気が付かない。手を叩いて喜ぶ王を、スタニーは哀れんだ。最初の一日だけ。
 彼は、道化師の身でありながら、密かに書物を記した。後世にこの愚かな王の愚かな政を伝えるために。
 王宮の絵師は道化師の姿を二種類描いた。おどけた道化師と、苦悩する道化師を。
 スタニーの記した書物は、残されていない。焼けたのか、焼かれたのかも定かではない。だが、苦悩するスタニーが描かれた絵は、今も見ることが出来る。