「素敵な腕時計ですね」
精緻な歯車がびっしり詰まった腕時計に惹かれて思わず声を掛けた。
持ち主は、シルバーの髪をきっちりと整え、仕立てのよいスーツを着た紳士である。腕時計ばかりに注目してうっかりしていたが、眼鏡、否ゴーグルと呼んだ方がよさそうなそれも、腕時計とよく似た雰囲気のものだった。
「眼鏡もお揃いですか?」
と、付け足すと紳士は嬉しそうに語ってくれた。
この腕時計やゴーグルの部品は、かつて蒸気機関車の一部だったのだと。大きな歯車が役目を終え、潜水艇に使われ、飛行船に使われ、自転車に使われ、ラジオに使われ、だんだん小さくなりながら、腕時計やゴーグルになったんだそうだ。
「ちょっと耳を近づけて御覧なさい」
いたずらっぽく笑う紳士の腕が耳元にやってきた。聞こえてきたのは「チク・タク」ではなく「シュッシュッポッポ」であった。