キッチンの水切りの中で、淡い紫色がわだかまっていた。
残飯を苗床にして、こどものてのひらほどの紫陽花が咲いている。
「面妖な場所で咲きなさる」
そう言うと、紫陽花はひどく動揺して、花びらを青くしたり赤くしたりした。
「いや、実は私にも何が何だか……。名も知らぬお方、どこでも構いません。私を同朋たちのもとへ連れて行ってください」
今度は私が動揺する番だった。そんな丁寧なお願いをされても、今年は空梅雨で、近所の紫陽花たちはみんな元気がないのだ。
くどくどと期待に沿えないことを詫びはしたが、紫陽花は案外、けろっとした顔をしている。
「空梅雨だと聞いて納得しました。ならば、私は迷うべくして迷い、ここに辿り着いたのでしょう」
すぅっと笑う。
「あなたからは、とても濃い雨の匂いがする。まるで蛙か蝸牛みたい。こんな人間は初めてです」
蛙と蝸牛、紫陽花に私。何とも湿っぽいカルテットで嬉しくなってくる。
ちょっと前に仕込んだ梅酒は、梅雨明けまでには何とか飲めるようになるだろう。
それまでは紫陽花よ、蛙や蝸牛の話をしながら、このキッチンでゆっくりしておいで。