「あなたはだあれ、あなたはだあれ。」
幻聴かと思ったが、どうやらおれは樽に話しかけられているらしい。
「あなたは、シェリーでもスコッチでもないのね。やたらとごつごつしている」
なるほど、スコッチ樽だったのか。通りでピートの効いた匂いがする。
「おれは人間の悪党だよ。ちょっとヘマをやらかして、あんたの中に放り込まれてんのさ。なに、じきにお暇するよ」
何せ、明日の朝にはボスの前に引きずり出され、脳天を撃ち抜かれる運命なのである。
「それはつまらないわ。前の子は18年もここに居たのに。あなたもそれぐらい居なさいよ」
「構わないよ、おれを守ってくれるのならね」
途端、樽の中の空気がほんのり熱を帯びた気がした。
「契約成立ね。18年よ。それまでは絶対に鏡板は開けないし、誰にも開けさせたりしないから」
命の恩人との約束は守らないといけない。おれはきっかり18年間、樽の中で過ごした。
「どうだい、18年物だ。なかなかの男ぶりだろう」
まだまだ熟成は不十分だと言わんばかりに、ふふんと樽が笑った。