2020年6月14日日曜日

奔馬性書生病/五十嵐彪太

 書生ばかりが罹る病が流行り始めた。人呼んで「奔馬性書生病」。
 勉強中はまったく平静なのだが、それ以外はどうも気が荒くなる。通学は周りと薙ぎ倒さんばかりに走る。話をすればどんどん大声になり早口になる。下宿先で炊事をすれば、水を飛び散らせ、茶碗を割り、着物を破る。
 困ったのは、住まわせていた篤志家とその家族だ。勉強中以外、騒がしくてかなわない。「もうお前は、勉強だけしておれ!」と言われるものだから、もともと優秀だった書生はますます勉学に励んだ。
 幸い、学校を卒業し官僚になる頃には治まるのが大半であった。
 若い学生ゆえの情緒不安定かと思われたが、伝染病と判明してからは世間が大騒ぎになる番である。「罹患者から採った血清が予防になる」と判るやいなや、元書生病罹患者の血液、つまり「官僚の血」が飛ぶように売れた。十五、十六の少年少女は嫌がったが、その親が「官僚の血」に色めきたったのである。
 だが親の期待は叶わない。「官僚の血」を打った書生は奔馬性書生病に罹らず、それゆえ勉学に励むこともなかったのである。