2020年7月5日日曜日

路地裏の林檎/立花腑楽

 油粘土をくり抜いたみたいに、粗雑で灰色な路地裏だった。
 ポリバケツの中に、丸のままの林檎が捨ててあって、そこだけ何かの間違いみたいにくっきりと赤い。
 この路地裏はどん詰まりなので、街の色々なものが流れ着く。
 割れた酒瓶とか、使用済みの避妊具とか、時には死体とか。
 その中にあって、この林檎はとりわけ剣呑なものだ。
 林檎が赤いのは、それは彼がひどく怒っているからだ。
 果肉は硬く凝縮し、果汁はふつふつと滾り、果皮はすべてを燃やし尽くそうと赤熱している。
 愚鈍なドブネズミが、そんことなどお構いなしに、怒れる林檎に歯を立てた。
 途端、林檎は針で突かれた風船みたいに空高くへと飛び上がる。
 林檎の怒りにぎらぎら照らされながら、今日も都会に朝が訪れる。