2021年2月7日日曜日

手袋を売りに/五十嵐彪太

 秀でたところが一切なかった私がこれまで食べてこられたのは、特異な手のおかげだ。
 皮の厚くなった手をずるりと剥くと、質のよい手袋の素材となる。カシミヤより光沢があり、暖かく、軽く、撥水性も高く、長持ち。文字通り一生ものだ。
 手の皮が剥けるのは年に10回くらいだろうか。この頃はもっと少ないけれど。
 冬になると、街中でかつて自分の手だった手袋に出会う。歳を取り、以前より出会うことが増えた。何しろ一生ものだ、街には私の手だった手袋が少しずつ増えていく。必ず手を振ってくれるから、すぐにわかる。持ち主は、無意識にぶんぶん手を振ってしまって、キョトンとしている。あれは、27歳の秋に剥いた皮だ。とても高く売れた皮のひとつ。鞄の中で眠っている手の皮に心で話し掛ける。
「あの子みたいな、よい手袋になるんだよ」
 この皮で、売るのは最後にする。