2021年2月7日日曜日

手袋を売りに/立花腑楽

 左手は不浄の手だ。
 故に、左手袋にはたっぷりと業が染み込んでいる。
 そしてこれがまた、実にいい出汁が出るのだ。
 例えば、場末の立ち飲み屋。
 ああいう店の煮込みなど、その鍋底にはぐずぐずに煮込まれた左手袋が入ってないとどうしようもない。
 細胞の隙間にぎっしり疲労を詰めた労務者が、肋骨と胃袋以外は身ぐるみ剥がされた博打狂いが、小さい肉体の内側で魂をヤスリにかけている浮浪児が、その滋味を糧とするのだ。寒さで鼻の頭を真っ赤にして、その鼻を湯気に突っ込みながら貪るのだ。
 俺は右手袋の味はよく知らないが、右手袋の味が好きな連中とは仲良くなれない気がする。
 俺は今日も這いつくばりながら、道端に落ちてる左手袋を広い集め、馴染みの飲み屋に売りつける。
「よう、いつもありがとな。一杯飲んでってくれよ」
 そうして店主の親父に奢ってもらう煮込みと焼酎の味、それが実に堪らない。