マンションの階段を登っている。
古いコンクリート造りで、どことなく公営団地の趣がある。
まだ陽は高いはずなのに、踊り場の隅とか、廊下のちょっとへこんだところとか、そこかしかに曖昧な暗がりがわだかまっていた。
そうした闇の中に、お目当ての人物が逃げ込んでいないかを念入りにチェックする。
ここいらの住民はろくでなしの債務者ばかりだ。
私財の大部分を借金のかたに取られ、挙げ句に自分の色彩まで毟り取られた連中だ。
色のひとつやふたつを取られたくらい、どうってことない。
しかし、その度が進むに連れ、だんだんと身を削がれるように原色へと近づいていく。
ここいらに住むのは、ほとんど赤・青・黄の連中ばかり。実に哀れなものである。
さて、問題なのは、それすら通り越して、真っ黒になった連中だ。
真っ黒なので、隠れられると見つけるのに難儀する。
「鈴木さん、そこに居るんでしょう」
俺は、ほのかに青みがかかった闇に詰問する。
突きつけた借用証文が、涼やかに白く揺れる。