2021年6月27日日曜日

住民十色/五十嵐彪太

  その町の住民に筆記具は必要ない。なぜなら住民は指先から色を出すことができるからだ。サインは指で書けばいい。なんなら名前を綴る必要もない。色は指紋と同じく、誰一人同じ色の者はいないからだ。
 町のピアノは、誰が弾いたかあとかすぐわかる。鍵盤に指から出る色が残るからだ。観察眼のある者は、演奏後のピアノを見てどの曲を弾いたのか、その巧拙も当てることができた。演奏の巧みさと同じくらい、鍵盤に残る色の美しさももてはやされる。
 住民の指先から出る色は顔料が多かったが、まれに染料を出す者もいた。染料を出すものは己の色で服を染めることができる。己の色を纏った者は誇らしく歩き、住民の羨望の的であった。
 色の名前は即ちその色を指から出した者の名である。その町では、色と名が永遠に残る。